小堀鷗一郎氏と糸井重里氏の
対談本「いつか来る死」
いつか必ずまた
助けてもらう時が来るだろう。
それは
いずれ本当に
母の死に直面したとき。
そう思い、大事に持っていた。
母を見送り
改めてこの本を開いたとき、
もう少し前に
読み返すべきだった・・
そう思った。
Dr.小堀鷗一郎氏の見解
ー 患者が食べ物や水分を口にしないのは、
老衰でものを飲み込む力がなくなったから。
食べたり飲んだりしないから死ぬのでなく、
死ぬべきときが来て食べたり飲んだりする
必要がなくなった、
と理解するべきだということ ー
この言葉を心にとめて
おくべきだった。
逆流性食道炎での入院から
帰った後も
服薬は続けていたが
食事中に
変な音で喉が鳴り
飲み込めなくなる症状は
時々現れた。
調子がよい時が
続いたかと思えば
また症状がで始める・・・
食事の時間になると
今日はどうでるか、
ということが
頭をもたげた。
そんな日々が
長かったから
亡くなる前の数週間、
母の食がさらに
細くなった時、
少しでも
母が食べられるよう
必死で働きかけ続けた。
体全体の筋力が弱り、
食べ物を舌で
喉の奥へ送ることも
できない様子が見て取れ、
舌を動かすように
ごっくんと飲み込むように、と
一所懸命 言葉掛けた。
ごく柔らかいものも
口の端からこぼれてきて
さらに形のない
ムース状、ゼリー状のもの、
アイスクリーム、
とろみのある液体
何とかして
口から栄養を
とってもらえるよう
必死になっていた。
母は途中で嫌になって
眉をしかめ
「もうええ」と
小さく言って
手で私が手に持つスプーンを
振り払った。
もう母には
必要なかったのだな・・
母には
つらいことを
強いていたのだな・・
体力をつけて
少しでも
楽になればと思って
やっていたことは
逆に
母にはつらかった・・・
母はもう
ただ静かに
休みたかったのだ。
もう少し早く
読み返して
知っておけば
よかった。
仕事も休んで
デイサービスも休ませてあげて
ゆっくり体を横たえさせてあげて
ただ傍らで
見守っていてあげていたら
家で眠りながら逝く母を
看取ってあげられたかも知れない。
そう思えてならない。
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